毒親への許しの瞬間は突然やって来た!家族の結婚式にハブられた私に起きた奇跡④父の暴言で修羅場の空港

私のパスポートは無効だった。実家のリフォームの混乱で、有効なパスポートと無効なパスポートが入れ替わってしまっていたのだ。しかも、有効なパスポートは捨てられてしまっていた!このままでは、弟の結婚式に参加できない。

自分「どうしてくれるの? お金で償ってよ!」。強い口調で迫る私に、父は言い放った。

父「来なければいいんだよ!」

自分「???」。実の父からそんな言葉が出てくるなんて…。売り言葉に買い言葉とはいえ、私は一瞬耳を疑った。

自分「どういうこと?」
父「こんな奴、来なきゃいいんだよ。もうそれでいいじゃないか」

母「そんなこと言っていない、そんなこと言っていない」と割って入った。

家族の結婚式で、父が娘に来なくていいという。そんな台詞が出たら、もうお終いである。家族は崩壊である。母は必死で、父が私に言い放った言葉をなかったことにしようとした。父をかばい、暴言をひたすら、なかったことにしようとした。

自分「今、来なくていいって私に言ったよ」
母「そんなこと言っていない!」
父「いや、もう来なきゃいいんだよ」

これが三回くらい繰り返された。空港は一転、修羅場になった。

私は絶縁を覚悟した。この家族はもう終わりだなと思った。ああ……ようやく、毒親との闘いに終止符が打たれるんだ。私は解放される。もうお別れだな……そんなことをふっと思った瞬間である。

突然、テレパシーのように言葉が降ってきた。

「本当は一緒に行きたかったよ……」

え、これは一体??……

 

そう、降ってきた言葉は、父の言葉だった。

「来なきゃいい」と反対の言葉でしか自分を表現できない父。でも、本当は娘の私と結婚式に行きたかったのだ。以前から家族全員で海外に行くことを楽しみにしていたのだ。それが自分たちのミスで適わなかったから、こんな言葉を吐いてしまったのだ。

父は、まるで反抗期の中学生のようだ。いつも、いつも暴言ばかり、人を貶める言葉ばかり。私は幼いころから、暴言を言葉のシャワーのように浴びてきた。いや、それ以上に無視されることも多かった。でも、それは、父が愛情表現の方法を知らなかったからなのだ。

父も両親から適切な愛情を受けられなかった。小さいころから、父も家族の中でいじめられてきたようだった。でも、父は自分がいじめられてきたことを認めようとはしない。自分だって可愛がられていたと信じて疑わなかった。だからだろうか、父はマイナスとプラスの言葉の区別がつかないのだった。

父の暴言の裏には愛情があった。私は空港で、それが唐突に、腑に落ちた。

「この人は、こういう愛情表現しかできない人なのだ」

一種の諦観のような思いでもあった。

人を受け止める、許す、とはこういうことなのだろうか。穏やかで、波風のたたない湖のような心境だった。

私は弟の挙式には行けなかった。それは大変残念で、悔しいことだ。けれども、私は父を少しだけ理解することができた。長年の確執を乗り越えて理解するのには、きっとこれだけの代償が必要だったのだろう。

私は空港を去り、帰路に就いた。泣いていた母に「お父さんを責めないで、楽しんできて」とメールを打った。母はきっと、罪悪感にさいなまれて、一ミリも海外を楽しめないだろうから。

そして、父にメールを打った「みんなで、またどこかに行こう♪」

父からメールが返ってきた。「行こうね」。母からもメールが来た。「ごめんね。本当にあなたを産んでよかった」。帰り道、涙があふれた。いつもいつも欲しかった優しい言葉が、やっと両親からもらえたのだ。

投稿者プロフィール

テツコハナヤマ
テツコハナヤマ
「毒親育ち、彼なし金なし定職なし引きこもりが美人な生き方を目指す実験ブログ」改め、毒抜きカウンセラー/ココロの美人家庭教師のブログ。趣味は自尊心、イジメ、引き寄せの研究。元お受験塾講師&プロ家庭教師。

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