毒親への許しの瞬間は突然やって来た!家族の結婚式にハブられ一人行けなかった私に起きた奇跡②決死の訴えで家族が一致団結

父の不手際で、弟の海外挙式に一人だけ行けないかもしれない事態に。だが、両親は「どうせ、鐵子だし、行かなくてもいいんじゃない」というレベル。人をなめ腐っていた。

「結婚式に家族がそろわなくていい。そんなことを思うのは、家族じゃない!今の状況で私だけ結婚式に行けなかったら、私は縁を切る!こんな家族はもういらない!」私は泣きながら1時間は訴えた。

これまでも親から色々なイジメを受け、何度も何度も縁を切ろうと思った。その度に何とか持ちこたえ、思い直してきた。

「きっといつかは理解し合える」「忍耐強く、心を広く持とう」「親と縁を切るなんて親不孝」。

だが、我慢はもう限界だと感じた。あと一滴水が入れば、私の我慢のコップがあふれ出しそうな状態。今は表面張力でぎりぎり踏ん張っている感じだ。これが最後の訴えだと思った。

「結婚式だよ。遠足とか旅行じゃないよ。人生の節目を共に祝おうとしない。そんな家族はいらない。もう二度と、私の足を引っ張らないで」

両親はこれまで見たことのないような顔をしていた。今までは、のれんに腕押し、何を言っても、無視されたり、考えすぎだと一蹴されたりの連続だった。だが、今回ばかりは、心に響いたようだった。投げたボールを受け止めてくれた、手ごたえはあった。
(こんなこと子供に言わせるなよ~と思うけど、毒親だからなあ……)

それから、家族力を合わせて、必死でビザを再申請、間に合うように大使館に頼み込みの電話、書類の整備……「クレヨンしんちゃん」の「野原一家ファイヤー」のノリで一致団結した。ビザは何回かはねられたが、私たちはあきらめなかった。私は家族を叱咤激励し続けた「私を結婚式に行かせてよ、これ無理なら絶交だよ」って。

それを受けて「鐵子を何としても、結婚式に行かせよう」という流れができた。情けない発端はさておき、何だかテレビの「いい話」企画のようなノリになりつつあった。

弟は英文の専門サイトを読み、父は書類を集め、母は私を励まし、祈り続けてくれた。

そして、皆の連携プレーで、ビザは出発6時間前ぎりぎりで発行されたのだったが……。

(続く)

投稿者プロフィール

テツコハナヤマ
テツコハナヤマ
「毒親育ち、彼なし金なし定職なし引きこもりが美人な生き方を目指す実験ブログ」改め、毒抜きカウンセラー/ココロの美人家庭教師のブログ。趣味は自尊心、イジメ、引き寄せの研究。元お受験塾講師&プロ家庭教師。

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